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野田・吉野・大開界隈 松下幸之助創業の地

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大阪キタの中心地、梅田からJR大阪環状線でたったの2駅、福島区野田にやってきました。

さて、この野田、地味な下町ではあるが見た目とは裏腹に、この街から歴史的な企業家が巣立っていった事実があることは余り知られていない。大阪を代表する電化製品「世界の松下」とまで言われた松下電器創業者・松下幸之助氏と、牛丼の吉野家創業者・松田栄吉氏が、この界隈にゆかりがあるのだ。

JR野田駅

ちなみにこの日は西心斎橋にある英会話学校NOVAの統括本部や、難波OCAT横にある猿橋社長が私物化していた豪華社長室のあるビルの前まで行って来たけど、別に大して面白いネタもなかったので、NOVAではなく野田にやってきました。

ガード下に店が並ぶ

地下鉄で来る場合はJR野田駅と接続しているのが玉川駅、阪神野田・JR海老江駅と接続しているのが野田阪神駅になる。お乗り間違いないよう。

JR環状線と言えばほとんど全線が高架路線となっているのが特徴だが、高架下が店になっていたり、飲食店街になっていたり、はたまた住居になっていたりと、高架下のスペースを無駄なく使う大阪人の知恵が生きているように思う。この野田界隈だって例に漏れず、味のある食堂が軒を連ねている。

路上駐輪が酷い

しかし同時に路上駐輪の酷さには参りましたねえ。自転車の壁に阻まれてこれ以上先に進めません。

力餅食堂

道路の向かいには「力餅食堂」。大阪市内周辺にはこの「力餅」と「更科」をあちらこちらで目にすることができる。うどんと丼物、おかず類を出す大衆食堂。どれも昔ながらの趣きがある店だ。別にフランチャイズ経営ではなく味もメニューも店それぞれ。しかし総じて言えるのは、店が古い事だ。

力餅食堂も大阪を中心に広がる、創業120周年を誇ると言われる超老舗食堂チェーンだが、同じく創業100年を超える超有名牛丼チェーンである「吉野家」の創業者も、また大阪人であるという事はご存知であろうか。

吉野家創業の地は大阪ではなく、東京・日本橋の魚河岸、後に移転して現在は築地市場に吉野家の第一号店があるのだが、屋号である「吉野家」の「吉野」は、この大阪・吉野町(福島区吉野)の地名から取ったものであると言われている。

福島区吉野

吉野家創業者の松田栄吉氏が大阪・吉野町出身だった、という「説が有力」だと吉野家のホームページには書かれている。断定されてはいないのね。ちなみに福島区吉野には吉野家の店舗は存在しない。福島区の吉野家は福島駅前にある一軒だけだ。

しかし、現地に行っても、石碑なり銅版なり横断幕なり、どこにも吉野家の痕跡すらない。何かあれば…と思い吉野町一帯をぐるぐるしたが、結局はご足労に過ぎない。

公園の遊具

歩き回って疲れたので近所の公園で休憩しようとしたが、ある異変に気づいた。いつも公園の中に置いてある、バネつきで動物の型をした遊具が全て使用禁止となっていたのだ。

あそんではいけません

「あそんではいけません」

実はこれと同型の遊具が住吉区内の公園にて破損して、乗っていた女子中学生(2年生)が怪我をしたというニュースがあったばかりだった。これを受けて大阪市ゆとりとみどり振興局が一斉に出動し市内全部の遊具を使用禁止にしてしまったのだ。(記事
おいおい、この女子中学生の体重何キロやねんな。本来なら小学校低学年までの遊具だってのに。

血の涙?

もう二度と遊んでもらえなくなった遊具のブタさん。どこかの異国のマリア像よろしく、流す涙は血の涙か。

緊縛プレイ

こっちのウマさんは緊縛プレイである。可哀想。

哀れな馬型遊具

別の公園に行っても例の遊具は同じく使用禁止だった。
ふと、公園の一角に目をやると、大きな石碑が建っているのが目に入った。

松下幸之助創業の地

おお、こんなところに!(←わざとらしい)これが松下電器創業の地を示す石碑だ。
ここ「大開公園」に誇らしげに設置されているのだが、あまりに風景に溶け込みすぎているので、うっかり見落としてしまいそうなほどだ。

野田阪神駅前商店街

一応、野田阪神駅前商店街の入口にはしっかり案内看板が掛かってはいるのだが…

松下幸之助創業の地

この石碑が建っている大開公園が当時の松下電器の第二次本店・工場があった場所だった。
松下幸之助生誕110周年である2004年11月27日に、この石碑が建立されたばかりだという。

松下幸之助創業の地

「道」
自分には自分に与えられた道がある。迷わず行けよ、行けばわかるさ。イチ・ニ・サン・ダー!

現在松下電器の本社は門真市にあるが、大正7(1918)年3月7日、当時の地名で北区西野田大開町、現在の福島区大開に「松下電気器具製作所」を創立、門真に移転するまでの15年間をここで過ごしたと言われている。

松下幸之助創業の地

もっとも現在ではすっかり住宅密集地と化してしまい、街中に掲げられている銘板の存在がなければどこがどこだか訳がわからない状態だ。

松下幸之助創業の地

「創業の家」だった場所も現在では普通の民家が建っている。

西野田工業高校

ただ、「世界の松下」とまで言われる程の超巨大企業に成長した会社の創業の地に、府立西野田工業高校が建っているというのは偶然ではなさそうな。大阪発の「ものづくり」の原点がこんなとこにもあるのだが、松下幸之助の時代より半世紀以上が経った現在の大阪の中小企業の工場は、元気が無くなったと言われてから随分久しい。

参考記事
力餅食堂の謎
吉野家の歴史に関するご質問 | ご意見・ご要望はこちら|株式会社吉野家
福島区「大開町と松下幸之助に関する事業」委員会のホームページ
歴史館まめ知識-第四話|松下電器歴史館

※松下幸之助氏の出身は福島区大開ではなく和歌山市であり、創業地と混同しているとの指摘を受け訂正致しました。

参考書籍

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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