この記事を人に教える

西成の歩き方 (9) 西成公園編

この記事を人に教える

【キュレーションメディア等、他サイトへの記事中の文章・画像無断転載厳禁】

日本最大の労働者の街「釜ヶ崎」を抱える大阪市西成区は、一言で一括りにはできない。
有名な釜ヶ崎と呼ばれるエリアは、萩之茶屋2丁目の西成警察署を中心とした半径500メートル四方のことを指すのだ。
だが、それ以外はだいたい何の変哲もない下町ばかりだという現状も、「西成」という名のインパクトがあまりに大きすぎて伝わらない。

実際に大阪市民の中でも西成に対する偏見は強い。
また今回のレポートも西成への偏見を助長させてしまいそうなものであるが(笑)

津守神社

西成区の西部、大正区との境に流れる木津川沿いの街「津守」。ここも古くからの労働者の街だった。紡績工場や金属、造船業が盛んだった界隈はかつては大いに賑わいを見せていたそうだが、今では見る影もなく、すっかり死んだようになっている。

西成の歩き方レポートの続編です。初めからお読みの方はこちらからどうぞ



津守神社

地元には西成のイメージには程遠い、閑静な神社もある。
しかしこの街の一角に、誰の目に見ても異様な公園がある。

ホームレスにまるごと占拠された「西成公園」だ。

西成公園

南海汐見橋線の津守駅を降りたまん前にあるこの公園、見た目には綺麗に整備され、公園の中にはメタセコイヤ並木もあって、西成区民の憩いの場であるはずの場所だ。

西成公園のフェンス

目の前を塞ぐフェンスさえなければ…

釜ヶ崎から西へ2キロ離れたこの西成公園に野宿生活者が集まりだしたのは、バブル崩壊の時期で、失業者問題が深刻化し始める1990年代頃からであると言われている。それまでは空き地のような公園だったという。

かつての高度経済成長を最底辺で支えた労働者は、不況になると真っ先にその影響を食らう。失業状態が続きドヤにも泊まれずホームレスとなり街に溢れ出した労働者はとうとう釜ヶ崎からも溢れてしまい、一部の労働者がここに流れ着いて暮らしている。西成公園に住む労働者はおよそ70人ほどと言われているが、正確な数は確認しようがない。公園に住んでいる本人に聞くわけにもいかないし。

並木道

この公園はとりわけ緑の少ない西成区でも最大級の公園である。立派な並木道も整備されているが、そこで遊ぶ子供の姿はない。

子供は誰も遊んでいない

家族連れや子供が全くいない公園。遊具は子供が遊ぶこともなく、ただ放置されているだけ。雑草が覆い茂って近づくことも憚られる。

公園への入り口はここだけ

大阪市は西成公園に住むホームレスを公園から排除するために園内をまるごと分離するフェンスを設置している。本来は間口が広く取られていたのだが、公園の主要部分はこの正面ゲート以外からは出入りすることはできなくなっている。

緊急避難場所なんですが...

西成区最大の公園だけに、当然この付近における大災害発生時の緊急避難場所の指定を受けている公園でもあるため、常時開放が望まれているのだが…もしもの時はどうなるんでしょう。

ホームレス居住区

西成公園は、大阪市が設置したフェンスによって、まるでイスラエルとパレスチナのような異常な状態を見せている。公園部分とグラウンド部分が大きく二分されてしまっているのだ。野宿生活者の居住区となっているのがグラウンド部分になっている。

ホームレス団地

ホームレス居住区は西成公園のグラウンドを三方に取り囲んだ一帯にあたる。中に入るとご覧のような団地状態だ。飼い犬まで居るので、うかつに立ち入ると危険だ。健康の保障はできません。

ゲートボール場

ゲートボール場の敷地もまた、同じようにフェンスで囲んで部外者を中に入れないようにしている。

居住区への唯一の動線

グラウンドの横とフェンスに挟まれた狭い通路が居住区に入る唯一の動線。大阪市がフェンスを設置したおかげで、西成公園での生活者は、仕事道具のリヤカーの運搬がやりづらくなったと怒り心頭のようである。彼らの残された自立の手段を阻害してしまっているのだからお粗末なやり方としか言いようがない。

廃品回収

やはり彼らの収入源は廃品回収。おそらく市内のゴミ置き場から拾い集めてきただろう家財道具が山ほど置かれている。これらをリサイクルショップに持って運ぶのだ。

居住区の広場

居住区中心の広場。隣では少年野球の一団が練習中だったが、両者はお互いにまるで別の世界の出来事のように振舞っている。広場に組まれた屋根のついた縁側は彼ら野宿者の憩いの場。仲間と将棋を打っていた。

時折この場所にアカい運動団体が現れて、炊き出しや身の回りの世話をしにやってくるのだが、そういう連中の本来の目的は政治的な理由でしかない。毎回やってくる度に、年老いた彼らを焚きつけて「共に戦おう」と威勢を放つ。

赤い人たち活躍中

もっとも、彼らの暮らしを救済すると本気で考えるなら、付近に同和対策で建てられた市営住宅が山ほどあるのだから、そこに住まわせればいいだけの話だ。高齢化に加え、地区に愛想を着かせて出て行く住民が多い中で、空き部屋も随分多いそうです。

錆びた看板

根本治療を一切せずに、自称「人権派」「弱者の味方」である運動団体が、自らの政治活動の為に路上生活者をダシに取っているだけなのだから嘆かわしい。この街の歪な構造は、簡単には変わる事はないようだ。

>次のページへ

参考ページ
大阪市問題まとめサイト:公園に「住所」認められず、ホームレス逆転敗訴

参考になりそうな書籍

The following two tabs change content below.
DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
タグクラウドから記事を探す
DEEP案内編集部のnote

知ってました?DEEP案内編集部のnote

ネット上で大っぴらにするのはちょっと憚られる内容の記事は「DEEP案内編集部のnote」で書く事もたまにございます。全て100円からの有料記事となっておりますので興味のある方のみご利用下さい。

この記事を人に教える

トップへ戻る