限界マイホーム・バブルの負の遺産 茨木台ニュータウン
北摂奥地、そこは誰も知らない忘却のニュータウン
かつて高度経済成長や一億層中流意識を経て日本人の誰もが夢を見ていたであろう「マイホーム」の夢。その夢は一度昭和末期のバブル経済によって庶民の手から遠ざかってしまうのだが、その時代に、大阪郊外にも高騰する土地の問題を鑑みて、思いっきり遠方の山奥を削り造成された、小規模なニュータウンがいくつか存在する。
大阪近郊、千里、箕面や川西、または神戸北部、そして生駒や奈良、もしくは泉南、南河内、はては名張といった場所に、山を切り崩したニュータウンは数あれど、電車も高規格道路も通らぬ茨木市北部の山中にこんな名前のニュータウンがあるという事をご存知の方は少ないかも知れない。
その名は「茨木台ニュータウン」。
場所は大阪府茨木市の最北端。JR茨木駅からは直線距離でも優に15キロ以上は離れている。というか、茨木台と名乗っていながら住所は「京都府亀岡市東別院町鎌倉見立」。亀岡なのだ。
航空写真で現地の状況を見れば、いかに滑稽なニュータウンなのかが一目で分かるだろう。
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「茨木台」とは一体どのようなニュータウンなのか。はるばる現地まで訪ねてきた。



