平野郷・古い街並みが残る「大坂最初の自治都市」
大阪市の東南端に位置する平野区。今でこそマンションや民家が立ち並び、すっかり住宅街に様変わりした場所だが、高度経済成長期以前の昔に遡れば、平野の中心街である「平野郷」を除けばほとんど田畑しか広がっていないような田舎でもあった。
その平野郷の成り立ちは歴史が古く、平安時代にまで遡ると言われている。戦国時代には郷の周りを二重の濠と土居を築き、外敵からの侵入から身を守ったという。平野郷は小規模ながら自治都市として存在していたのだ。
平野郷は数多くの豪商が住み、商業都市としての様相を呈していたと言われる。平野の豪商は時の権力者とも交流が盛んだった。江戸時代には綿花の集積地としても栄え、それは今になって平野区の「区の花」に指定されている。
そして、かつての大阪大空襲においても平野郷はほぼ被害を受けずに残ったため、現在でも江戸時代に建てられた町家が並び、古い街並みを今でも温存している、大阪市内でも珍しく貴重なエリアである。
そんな平野郷の中心を東西に貫く商店街。2つ連なっている「平野中央本通商店街」と「平野本町通商店街」。
大阪によくあるような、パチンコ屋だらけのいやらしい雰囲気は全くない、珍しく純朴な商店街なのだ。