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野田阪神新橋筋商店街と戦後のドサクサ横丁「地獄谷」 (全2ページ)

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大阪には「野田阪神」という地名があり地元民には何の違和感もなく使われている訳であるがそれは阪神電車本線の野田駅前の事を指している。阪神野田駅はJR大阪環状線の野田駅とは一駅分離れた位置にあり、JR野田駅のそばには地下鉄千日前線玉川駅、阪神野田駅の前には千日前線の終点「野田阪神駅」があって随分紛らわしい。そもそも千日前線自体存在意義が微妙なんですがね。

野田と言えば関東では醤油の町である千葉県野田市の事だが大阪の野田という場所は梅田と尼崎の間にある福島区のド下町エリアであり昭和の時代には伝説のストリッパー一条さゆりの引退公演が行われた吉野ミュージック劇場が存在していた街でもある。

阪神野田駅前の野田阪神交差点を渡った先にはアーケード街「新橋筋商店街」の入口がある。言うまでもなく野田阪神を代表する商店街で、年がら年中そこそこの賑わいを見せている。

新橋筋商店街は阪神野田駅とJR野田駅との間を結ぶ全長350メートルにも及ぶアーケード街である。道幅の狭さが際立つがその分店舗が密集していてやけに充実感のある商店街。

中に入ると喫茶店やら回転寿司やら居酒屋やら飲食店がそれなりに多くただでさえ狭い道が路上駐輪だらけでめちゃめちゃ歩きづらいというベタな大阪的光景が見られる。はいはい、チャリンコは押して歩きましょうね。

新橋筋のアーケードを外れるとそこは大衆酒場が立ち並ぶオッサン成分濃厚な「新橋横丁」となる。そして目の前にはでかいパチスロ店舗。ギャンブルと酒しかないんかいという大阪らしい一画ではある。

この新橋横丁自体もなかなかの乙っぷり。パチスロ屋の前の大衆酒場はギャンブルの前後の親父どもの息抜きゾーン。買っても負けても酒浸りや。

新橋横丁の入口に架かる昭和丸出しのアーチ看板もなかなか素晴らしい出来となっている。上の部分はチューリップでも象ってるんでしょうか。

野田新橋筋は大阪市中央卸売市場にも近く昔から活気のある商店街。都会の限界集落とも言える高齢化と過疎化の激しい大阪市内にありながらも珍しくそれほど寂れた印象はない。

まあ部分的にはシャッター街となっている箇所はあるにはあるんですが随分古めかしい店の看板がそのままになっていた。帽子屋にタンス屋。現在テナント募集中。

そして昔ながらの公設市場の佇まいを残す「清立市場」が商店街に面している。入口はババ服屋に占領されちゃってますが、いい雰囲気です。

道幅の狭い新橋筋のアーケード街はJR野田駅に近づくにつれどんどん道幅を狭めていく。金物屋のあたりから道幅が半分くらいになりましたよ。

しまいには車も通れないようなこんな狭い道になってしまう新橋筋の南端部。両脇は潰れた衣料品店とババ服屋が押さえている。まあ道行く人も杖をついたご老人ばかりでございますな。

そのままアーケードを南に抜けると大阪環状線の高架の目の前に出てくる事になる。ここまで来ると最寄りにJR野田駅と千日前線玉川駅。

そういえば2012年5月に脱法ハーブでラリって50分間で6件の事故を起こしこの新橋筋に暴走車を突っ込んだ男が逮捕された事件があった。幸い死人は出なかったらしいが婆さんが大怪我している。ともかく大阪はヤク中が多すぎる。リスキーな街やねん。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。
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