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【地下鉄長原駅】はるな愛が生まれ育った街、平野区長吉長原東「長吉銀座商店街」と周りの市営住宅

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大阪市南東部の最果てに位置する平野区「長吉長原」地区。すぐ隣は八尾市となっていて、街の南側には大和川も流れる市内の外れで、昔は長閑な農村地帯だったところに市営住宅がアホみたいにボコボコ建てられた事で、平野区内では加美と並んでガラの悪い街だと陰口を叩かれる事が多い地域である。

そんな長吉長原地区の玄関口となるのが、天王寺から地下鉄谷町線で17分、8駅目にある地下鉄谷町線長原駅である。終点となる八尾南駅の一つ手前で、ここまで来ると乗降客も少なく、駅前は田舎臭さすら漂う。

大阪市平野区の最果ても市営住宅だらけの街でした

駅から地上に出ると目の前が中央環状線および近畿自動車道で、幹線道路が街を東西にぶった切っている。その西側は平野区長吉長原、長吉長原西、東側には長吉長原東、長吉六反といった地名があるが、その全ての地域に満遍なく市営住宅が建てられている。

駅前にいきなりだだっ広い空き地があり、その向こうには市営住宅の高層棟が立ち並ぶ、大阪市内らしい乾いた街並み。長吉長原地域は都心からも遠くお家賃相場も安い事から住民の質がすこぶる悪いと評判である。ここから天王寺に行くだけならまだしも、難波方面は要乗り換え、さらに梅田に行くのに片道35分も掛かってしまう。住宅地としては不人気極まりない。

で、このへんの団地にも中国人世帯が住んでいる事を示す、巨大な中国製パラボラアンテナがベランダに掛かったお宅がちらほら見られる。長吉長原なら車で中央環状線をひたすら北上すれば鶴見区の中国人朝市まで買い物も行きやすいし、中国人にとっては地の利が良さそうだ。

大阪市最南東端のアーケード街「長吉銀座商店街」

今回訪れたのが、駅から東側の長吉長原東三丁目にある「長吉銀座商店街」という名の古びた商店街。地下鉄長原駅からは徒歩5分ほどの距離にあり、商店街のすぐ北側に「大阪市営長吉長原東住宅12号館」の高層棟がそびえ、団地の南側と東側は同じく市営住宅の「長吉長原東第4住宅」が広がっている。

主に団地住民を当て込んだ商店街として栄えていたようだが、先に紹介した「喜連銀座商店街」とは違い今でもそこそこ店舗は営業していて、全く活気が無くなった訳ではない。ちなみにここから500メートル北側にも「長吉中央商店街」というアーケード街もあるのだが、「大阪市最南東端のアーケード街」の称号を与えるとするならこちらだ。(最南端はあびこ道商店街、最東端は徳庵商連会)

商店街の西側と北側出入口の頭上に掲げられた商店街の看板。ひらがなで「ながよしぎんざ」と書かれると「なかよし」と空目しそうになる。三色旗っぽいカラーリングの虹色の旗のシンボルに商店街のアルファベット略称「NGS」のマークが付いているのが微妙にダサい。吉本興業のなんばグランド花月を「NGK」と略するようなノリか。

そんな長吉銀座商店街も、アーケード街の中に入ってみれば無人状態のシャッター街という容赦ない寂れっぷりを晒している。昔の地図を引っ張り出して見たところ、昭和40年代に建てられた商店街であろうと判断できる。既にこの界隈は昭和30年代から田畑を潰して市営住宅が軒並み建設されている。

やはり団地住民の高齢化の果てにこの商店街も寂れていったのであろうという見方をする他ない訳だが、寂れたアーケード街を持つ地元の商店主というのは、一様にアーケードの維持費用に頭を痛めているのが常である。近年は大阪市内でもアーケードを撤去する商店街がぽつぽつ現れ始めている。

さっぱり活気の無くなった商店街ではあるが、一応未だに営業している喫茶店とかお好み焼き屋とかババ服屋とかお茶屋さんなんかもあったりして、土着のご老人達が普段の溜まり場になるくらいの機能は残っている。

大阪下町商店街的ノリの持ち帰り寿司店やいくつかの惣菜店も現役。とりあえず団地住民はここに来れば飢え死にする事はない。商店街の表に出れば、大阪人の大好きなタコ焼き屋もあるしね。

菓子類や食品を扱う土着商店「マイフレンド」もまた団地住民達の生命線。ここまで買い物に来られない弱った老人の家にも「はいたつ するする」サービス満点なお店なのでしょうか。

お菓子類は殊の外扱っている店が豊富にあるのが意外な印象でした。ドーナツ、かんてん、あんみつ、甘味一式もお安く召し上がれます。終始、昭和ムードそのまんまでんな…

アーケード街南側出入口に来ると…頭上には「長吉長原銀座商店街」と書かれたボロボロに破れた古いテント看板が…店名があいうえお順じゃなくて「イロハ順」になっているあたりがシブい。ここに書かれている店のうち現役はどれだけ残っているのでしょうか?

また、アーケード街の東側は「長吉本町商店街」という別の商店街もあるらしく、商店街の古びた看板が残っている。しかしこちらは殆ど全滅状態ですね…

より一層暗いアーケード街となっている長吉本町商店街の中でほぼ唯一と言っても差し支えない現役営業中の惣菜屋さん。あとは美容室とか床屋が細々とやっているだけです。

長吉銀座商店街に隣接する市営住宅で生まれ育った「はるな愛」

長吉銀座商店街を出てすぐ南側に広がる「大阪市営長吉長原東第4住宅」…高度経済成長期真っ只中の昭和41(1966)年に建設され計30棟から成る市営住宅群で、平野区長吉長原東では最大規模の団地だ。

築年数50年オーバーになる年代物の団地だけに住民が暮らす住居棟のベランダを見ると勝手に建て増ししていたり色々とカオスな状態になっている。老朽化を理由に、団地西側にあった一部の中層棟(29~36号棟)が高層棟(37,38号棟)に建て直されている。

後で日テレの「幸せ!ボンビーガール」(何気にヤバイ地域の情報をしれっと放送する、油断できないテレビ番組)を見て知ったのだが、有名なニューハーフタレント「はるな愛」はまさにこの長吉長原東第4住宅の出身。本人のWikipediaを見ると「中学時代にいじめに遭い」云々書かれていてリアルである。貧困に加え、性同一性障害という多重な逆境をバネにのし上がってきたのだ。

古い団地にはよくある給水塔もバッチリそびえている長吉長原東第4住宅。この団地も地方から仕事を求めて、万博開催前で好景気に沸く当時の大阪に移り住んできた労働者が主な世帯であると見られる。ちなみに、はるな愛のご両親はどちらも愛媛出身との事だが、たまたま同じ市営住宅に引っ越してきた事が縁で結婚したらしい。

大阪万博の好景気から既に半世紀。時代の役目も終えようとしている大阪の外れの市営住宅は、今や”福祉”以外の何の役割ももたらさない。さぞかし家賃の取りっぱぐれが酷いのだろうか、「市営住宅の家賃は 口座振替で」…大阪市住宅供給公社からのお知らせでした。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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