長田区の超下町ゾーン「番町地区」の成り立ちは明治時代に旧湊川の河川架け替え工事で開けた土地を区画整理する際に東京千代田の番町地区にならって付けられた地名であり、一番町から七番町までの区画が広がっている。そこに住みだしたのは、長田の地場産業であるケミカルシューズ製造に従事する労働者だ。
その番町地区の北端には新湊川が掛かっている。やけにコンクリート護岸が高い川でありあまり安らげない。とはいえこんな形になってしまうのも神戸独特の地形が絡んでいる。
大雨が降ると上流の六甲山系から流れてくる大量の雨水が鉄砲水となり一気に押し寄せるからだ。神戸では鉄砲水で水遊び中の家族が流されて死ぬ事故も度々起きている。度重なる水害から身を守るための知恵である。
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