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消えた関西の新地…貝塚市「貝塚遊郭」と遊女の墓を訪ねる (全2ページ)

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大阪の遊郭と言えば飛田新地や松島新地など、戦後の売防法施行後も非公然なんとか地帯として平成の世に生き残る「現役遊郭」が存在する日本国の法律が果たして通用しているのかどうか疑わしい特殊地域なのだが、一方で早々に色街としての歴史に幕を閉じてしまった場所も多い。

貝塚市 貝塚遊郭

今回やってきたのは大阪府南部の貝塚市という土地だ。ここは大阪市内から南海本線の電車に乗って行く事になる場所だ。貝塚がどんな場所かについては、だんじりで有名な岸和田市のすぐ隣、と説明すれば早い。悪く言えば地味な土地である。南海貝塚駅から水間鉄道というローカル電車が走っているが、用事があるのは貝塚駅のすぐ近くにある遊郭跡だった。

貝塚市 貝塚遊郭

昔の貝塚は紡績業の街として大いに栄えていて、東洋一の紡績工場と言われた大日本紡績(現・ユニチカ)の工場があったりもしたが、紡績業自体が過去の遺物となりつつある現在、大阪のベッドタウンの色彩が強い。南海難波駅から急行電車で30分ちょいで来れる。

貝塚市 貝塚遊郭

貝塚駅西口(海側)に出た真正面が貝塚中央商店街。どうもその遊郭跡というのはこの商店街を外れたすぐ脇に残っているという。旧時代的な商店街で、心なしか寂れた雰囲気が強い。隣の岸和田同様、秋にはだんじり祭りが開かれてその時だけは賑やかな街に変わるようだ。

貝塚市 貝塚遊郭

のっけから道行く人々の姿に非常に後期高齢者な方々が多い事からも何となく萎んだ街であるように映る貝塚駅前の風景。この駅前にあった遊郭は昭和33年にきっぱりその役目を終えてしまった。それ以来、遊客が訪れるようなきっかけもない場所になってしまったのだ。

貝塚市 貝塚遊郭

駅前の商店街からすぐ路地を左に折れると、特徴のある区画と共に明らかに元遊郭だろうと思わせる妓楼建築や戦後のカフェー建築が道の両脇に並んでいるのが見られるのだ。本当に駅前遊郭ですねここも。現役当時は貝塚はもとより両隣の岸和田や泉佐野あたりからも客が押し寄せていたそうです。

貝塚市 貝塚遊郭

とっくに街の役目は終えたはずなのに現在も飲食店舗の成れの果てみたいなのが沢山残っている。これも駅前という立地ならではのものだろうか。この通り沿いが昔の遊郭のメインストリートだったようだが現在は人通りも少なく近隣住民がそこらじゅうに路駐しまくっているだけだ。

貝塚市 貝塚遊郭

特にこちらのお宅のようなモロなカフェー建築が残っているのが素晴らしい。外壁に黒い豆タイルが敷き詰められた縦の出っ張りが10列、その間に小窓が1階と2階に配されている。明らかに通常の目的で付けたものとは思えない配置。

貝塚市 貝塚遊郭

そして玄関周りも赤い豆タイルで縁取られた、なんとも艶かしいエントランスが綺麗に残されている。現在もこうしたカフェー建築が家人によって丁寧に使われ続けている。

貝塚市 貝塚遊郭

これまた色街らしい趣きがプンプン漂う「割烹深川」も旧貝塚遊郭の名残りを見せる老舗の料理屋の一つ。地元のお偉いさんが接待で使うような高級料亭だが、建物は遊郭現役当時からあるものだと聞いた。周辺にも「深川」の店名を冠した食堂なんぞもあって系列店かと思われますが、深川と昔の東京の人が聞いたら洲崎弁天町が出てきそうですな。

貝塚市 貝塚遊郭

貝塚遊郭跡に見られるのは、飛田などで見られる伝統的な妓楼よりもこうしたモダンなカフェー建築が多い。どの建物も現役で人が住んでいて住宅街化している。廃墟化するなど荒れた様子も全くない。

貝塚市 貝塚遊郭

こちらも道路に面した外観部分がモダンに仕上がった元カフェー建築となっております。玄関周りが新しくなっていたり一部ガレージに建て変わっている。

貝塚市 貝塚遊郭

この物件も当たりでしょう。1階部分が改装されて間口を広く取った開口部にシャッターが取り付いている。この近くにある店の資材倉庫(食品系?)に使われているっぽい。

貝塚市 貝塚遊郭

そこらに建っている電柱を見ると堂々と「新地」の二文字が記されているではないか。思わず鼻息が荒くなる瞬間だ。大阪で遊郭の事を「新地」と呼ぶのは昔からの習わしのような気がするんですが、関西以外で使う事があってもあんまり見かけませんよねえ。

貝塚市 貝塚遊郭

この貝塚遊郭自体は江戸時代から存在していた。最初は別の場所にあったらしいが大正3(1914)年に蜜柑畑だった当地に移転させられて現在に至るそうだ。飛田新地が出来たのが大正5(1916)年なので、ほぼ同時期に出来たという事になるが、歴史自体は貝塚の方がずっと古い。

貝塚市 貝塚遊郭

戦時中の貝塚遊郭は一部空襲の被害に遭い、その後は赤線地帯としてカフェー建築がいくつか建てられている。駅前から歩いてきただけでは気付かないが、この土地一帯が海側よりも一段高い台地になっている。航空写真で街路の様子を見ると廓の内と外が判別しやすい。

貝塚市 貝塚遊郭

遊郭跡のメインストリートを外れて北側の路地に入ると、一気に道幅が狭まり勾配のある裏道が続いている。これを降りると府道204号線に出られる。この辺は当たり前のように古い町並みがぎっしり残っていてタイムスリップ感が半端ない。

これで貝塚遊郭跡の見どころはあらかた見終わったと思うのだが、まだ貝塚には遊郭にまつわる史蹟が残されている。それを見に行く為に一旦市街地を出ていく事にする。

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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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