この記事を人に教える

探訪・平野郷 (4) 昔なつかし編

この記事を人に教える

【キュレーションメディア等、他サイトへの記事中の文章・画像無断転載厳禁】

大阪市内でも数少ない、昔ながらの街並みが残る「平野郷」に再び訪れました。
さて、先に紹介した地獄めぐりで有名な「全興寺」の境内には、もう一つお楽しみスポットがあるのだ。

平野郷レポートの続編です。初めからお読みの方はこちらからどうぞ

昭和25年のパチンコ台

それが「駄菓子屋さん博物館」。昭和30年代を主にした当時の子どものおもちゃを並べ、駄菓子屋の雰囲気を今に残すミニ博物館がひっそり置いてあるのだ。表には「現代パチンコの原型」である昭和25年製造のパチンコ台。パチンコが庶民の娯楽として登場した当時の素朴なパチンコ台がそのままの形である。



玉は一つだけ入れる

どっからパチンコ玉入れて遊ぶねん?と思ったら、木枠の横っちょにぽっかり穴が開いてて「玉は一つだけ入れる」なんて書かれてます。ゆるいぜ!
昔のパチンコってこうだったんだねえ。

縁日の屋台で出される子供の遊びでしかなかったパチンコが、今では一家崩壊とギャンブル依存症の元凶として社会の癌になってしまっている現実が悲しい。

駄菓子屋さん博物館

駄菓子屋さん博物館の中はこうなってます!
私の年代よりもひと世代前の方々なら、みんな唸るに違いない。バック・トゥ・ザ・昭和30年代。

おもちゃ

「グリコのおまけ」からベーゴマ、かるた、メンコ、プラモ、ブリキ玩具まで勢揃い。

おもちゃ

こっちは女の子向けやな。おままごと遊びのやつとか色々ありまっせ。

白黒テレビ

白黒テレビの中に入っている絵は、今はなき「南海平野線」の平野駅である。
現存している「チンチン電車」阪堺電車の今池駅から分岐して阿倍野、文の里を経て平野まで続いていた路線で、地下鉄谷町線が昭和55(1980)年11月27日に天王寺から八尾南までの区間が延伸開通した日に廃止されたのだ。

おも路地

全興寺に隣接するのは「街の博物館 おも路地」。

昔の平野郷の地図

ここでは平野郷の歴史を紹介する展示に加え、駄菓子屋さんや甘味どころも営業中。
そして何よりも印象的なのが、子供たちが昔と同じようにベーゴマなどで遊んでいたりすることだ。

おも路地の茶屋

「平野郷」では、このように町の歴史や昔の子供の遊びを今に残そうと、町ぐるみで取り組みを行っている。

紙芝居と縁日

毎週第4日曜日お昼は「街頭紙芝居」を、毎週土日のお昼には縁日も開催しております。

まつや

平野郷内には今でも数多くの「町家」が並ぶ。染織の店「まつや」の前なんか、まさに時代劇の世界そのものの風貌である。

150年前の地震

150年前の大坂大地震の瓦版が張り出されていた。こういうところに何気なく、地震への備えを呼びかけているところが良い。大阪では150年周期に大きな地震があって、今年は嘉永7年(1854年)の大坂大地震から153年目!皆さん気をつけましょう。

家具屋

平野郷に来れば、家具屋までこんな風貌である。これだけ街並みが残せているのも大したもんだね。

亀饅頭

もう一つ見逃せない平野銘菓の「亀饅頭」。大念佛寺ゆかりの300年の伝統を誇る饅頭は平野郷の住人にとってご祝儀の贈り物や法事の際には欠かせない菓子となっているそうです。

町家

昔の地名表記

しかし…ここホンマ大阪市内か?っちゅうくらい「昔」が残っている町です。
変に観光地化もしてないし、マジでオススメ。

参考ページ
全興寺HP
おもろいで平野
平野郷を歩く
古い町シリーズ 「平野郷」|K’s PLAZA
サンアレイ 平野本町通商店街

参考になりそうな書籍

The following two tabs change content below.
DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
タグクラウドから記事を探す
スポンサーリンク
DEEP案内編集部のnote

知ってました?DEEP案内編集部のnote

ネット上で大っぴらにするのはちょっと憚られる内容の記事は「DEEP案内編集部のnote」で書く事もたまにございます。全て100円からの有料記事となっておりますので興味のある方のみご利用下さい。

この記事を人に教える

スポンサーリンク
トップへ戻る