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陸軍歩兵二十連隊のお膝元、北近畿屈指の遊郭跡!福知山市「猪崎新地」を訪ねる

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最近花火大会の屋台爆発事故で話題になっている京都府福知山市を訪れた。というのも、丹後半島観光が目的で福知山で一泊したのが厳密な理由なのだが、この福知山という街は現在兵庫県と京都府に跨る丹波・丹後・但馬の旧三国の中心として栄えた北近畿随一の都市。目下、屋台爆発事故とJR福知山線脱線事故のイメージで「呪われてる」とか言われてますが、おいこら、脱線事故は尼崎だろうがよ。

福知山市

福知山市街地を流れる由良川。屋台爆発事故を起こした「ドッコイセ福知山花火大会」は毎年お盆休みの時期にこの川の河川敷で開催される。北近畿の花火大会としては規模が大きく、毎年多くの観光客が訪れる。まあでも、今回の屋台事故で当分は花火大会も出来なくなりそうである。…というか話の本筋はそんな所ではなかった。この川向こうに遊郭跡があると聞いて、それを見に来たのだった。目の前の音無瀬橋を渡った先の猪崎(いざき)地区を目指す。

福知山市 猪崎新地

由良川を渡って猪崎地区に入ると、ある一画だけが碁盤目状に街路が形成されているのが分かる。それが猪崎新地跡だ。この遊郭の成立は明治初期に遡り、明治29(1896)年の豪雨災害で由良川の氾濫によって元々由良川を挟んだ市街地側、下柳町付近の堤防上にあった遊郭の前身「土手町」が壊滅的な被害を受け、明治31(1898)年に川向こうの現在地に移転して「猪崎新地」として再開している。

福知山市 猪崎新地

当時、猪崎地区には学校建設計画が持ち上がっていたそうだが、同年、陸軍歩兵二十連隊の駐屯地が大阪から福知山に移転する事から地元民は学校建設計画を押しのけて「遊郭の方が儲かるやろ」だなんてゲンキンな判断で、豪雨災害で壊滅状態になった色里を川向こうの此方側に復興させたという。なんというか実利主義なご先祖方ですこと。

福知山市 猪崎新地

案の定、猪崎新地成立後は地元の歩兵二十連隊の軍人達に加え、遠くは神戸や京都からも遊客が訪れさぞ賑わっていたらしい。金儲けの噂話を聞きつけて周辺地域からも業者がこぞって集まり、最盛期には妓楼80軒、娼妓200名もの北近畿最大級の遊郭に大化けする。猪崎新地の繁盛は明治末期から大正時代までがピークで、昭和を迎えるとゆるゆる下り坂となっていったそうだ。

福知山市 猪崎新地

例によって遊郭は戦後の赤線地帯を経て昭和33(1958)年の売防法施行で廃止となって、色街としての歴史にピリオドが打たれている。それから半世紀以上経っている現在、極普通の住宅地に変わってはいるのだが、当時現役だったと思われる妓楼っぽい建物がそこかしこに残っている町並みが見られる。三階楼っぽい民家もあったりしてなかなかの迫力。

福知山市 猪崎新地

戦後の赤線時代まで続いていたという事もあって妓楼建築群は概ね綺麗に残っているものが多い。立派な唐破風にベンガラ色の土壁、細格子が艶かしい、猪崎新地跡屈指の妓楼建築は必見。まあ、普通の人のお宅ですけどね。

福知山市 猪崎新地

こちらもご立派な建物ですよ。古い遊郭の絵葉書に載っている「近波楼」と呼ばれていた妓楼らしい。一部はガレージなどにリフォームされてるけど、普通に旅館としてもやっていけそうな美しい佇まいだ。

福知山市 猪崎新地

遊郭廃止後によくあるパターンとして、転業旅館に鞍替えするケースが多いのだが、猪崎の場合はこれらの建物も旅館として営業している様子はない。まあ、駅から市街地と川を挟んだ向こうで街外れになるから、儲からんのかも知れんが。

福知山市 猪崎新地

旧遊郭地の区画から山を挟んだすぐ反対側に福知山市民の憩いの場である「三段池公園」があり、動物園とか色々あって家族連れで賑わうような場所なんですが。大阪で言ったら天王寺公園と飛田新地の位置関係みたいなもんで、当時は結構な行楽地だったんでしょうかね。

福知山市 猪崎新地

街路の突き当たりに何やら目立つ洋風建築が。アールの利いた角丸部分に玄関口らしき開口部の跡が見られる。どう見ても妓楼です、本当に有難うございました。

福知山市 猪崎新地

しかし目の前の階段を登って建物の裏側に目をやると…見事な看板建築である事が分かる。背後はベンガラ壁のベタな和風建築が隠れているというサプライズ。裏口が二階部分に通じている。客同士の鉢合わせを防ぐ仕掛けだったのかね。

福知山市 猪崎新地

建物裏手にある未舗装の裏道には使われていない謎の門が…かつてはここにも遊郭にまつわる何かがあったんでしょうか…

福知山市 猪崎新地

路地の突き当たりから伸びる階段の上から旧遊郭地を眺める。なかなか見晴らしようございますな。かつての遊郭のメインストリートだったのかな。すぐ向こうには由良川の土手があって、花火大会の屋台爆発事故の現場となった河川敷に通じている。

福知山市 猪崎新地

福知山は北近畿を代表する街の一つではあるが鉄道で京都・神戸・大阪が近くなったせいで戦後はめっきり寂れてしまった土地だ。地味に工業都市なくらいで、かつての軍事都市としての一面も戦後はすっかり無くなってしまっている。福知山における盛り場は御霊神社前の中ノ町飲食街くらいか。今後、我々の世代が生きているうちにこのような色街が出来るような事もないんだろうな。



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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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