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酒処女どころ・伏見区「中書島」の遊郭跡を訪ねる (全2ページ)

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<注意>当ページで紹介していた中書島遊郭跡の一部の写真については建物所有者から画像削除要求のクレームが来た為、該当の画像を削除致しました。同じ建物の写真を撮影し所有されている方はネット上に決して画像をアップロードしないよう注意下さい。必ず苦情が来ます。

中書島出身の小説家・西口克己の長編小説「廓」の舞台として、さらに映画化した『「廓」より 無法一代』でその名を知られた中書島遊郭。さすがに江戸時代当時の街並みがそのまま残っている訳ではないが、中書島駅前の商店街をまっすぐ200メートル程歩いた西柳町と東柳町の一画には古い妓楼や戦後に建てられた派手でモダンなカフェー建築を見る事が出来る。匂う、激しく匂いますねこの一画。

向かいのカフェー建築が派手過ぎてこっちが目立たなくなるのだが、こちらも負けずに豪奢な妓楼である。くすんで剥げ落ちた朱塗りの塗装が痛々しさを感じる。

玄関上には「花柳」の屋号がそのまま残っている。こちらの世界は花柳界とも言われますさかいな。

和風妓楼の壁には縦横に格子の入った飾り窓が残っていた。黒漆喰に白い縁取り。色っぽいです。

昭和33(1958)年の売防法施行で中書島遊郭の歴史にも終止符が打たれるのだが、商売を辞めたのは「娼館」のみであって、芸者さんのいる「花街」部門は昭和45年まで続いていた。でも江戸時代からずっと芸娼両本位でやってきた色街が車輪の片方を失ったようなものだから長続きもしなかったのだろう。

通りを挟んで向かい側の東柳町の一画にも現役時代の妓楼が何軒か残っている。もちろんこれらも全て現在はただの個人宅だ。2階の雨戸が全部びっしり閉められたままになっているのが何とも気がかりです。

ハンドメイド感溢れる鱗模様の壁が特徴的な建物。隣の旅館と棟続きになっていてかなり大きな建物である事が分かる。

棟続きのお隣さんは手入れも行き届いた綺麗な佇まい。いわゆる転業旅館なのでしょうか。遊郭廃止後、中書島遊郭の業者達は転業後の商売として「お茶屋派」と「下宿屋派」に分かれて一悶着あったらしい。

玄関の上に旅館の屋号が右から左に書かれてました。木津乃家旅館。今でも泊まれるのだろうか…

以上、中書島遊郭跡に残っている妓楼としてはそんなもんか。手前のスナック街もなかなか素晴らしい佇まいでした。今でこそ京都の外れでしかない場所だが明治43(1910)年に京阪電車の中書島駅が開業してからこの界隈は祇園と並ぶ盛り場として栄えていたのだ。

ちなみに中書島遊郭から坂本龍馬の泊まった寺田屋の場所は目と鼻の先にある。しかも廓の境目となる濠川を挟んですぐ向かい側である。せっかくだし行ってみましょうかね。

蓬莱橋を渡った先をちょっと左に折れた所にあった「旅籠寺田屋」。坂本龍馬が襲撃されて入浴中のお龍さんが素っ裸で危機を知らせるNHK大河ドラマのお色気シーン(放送倫理的な問題で実際には襦袢姿だった)で有名な建物。銃痕とかお龍の入った風呂とかが展示されているけど建物自体は鳥羽伏見の戦いで焼け落ちて明治時代に再建されたものらしい。何だかよくわからんが当時の雰囲気は残っていた。


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DEEP案内シリーズ管理人。大阪ベイエリアの貧民窟育ち。独自のひん曲がった視点で街歩きを続けております。2008年より上京。関西に留まらず全国、海外に取材対象を薄く広く伸ばして来ました。2017年6月15日に単行本「『東京DEEP案内』が選ぶ 首都圏住みたくない街」(駒草出版)を全国発売。首都圏を中心に飛ぶような売り上げを記録し増刷決定。
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