古くから生駒山は信仰の場。人生に行き詰った人、己の行く道を見つめなおそうと、霊場であるこの地に訪れる者も多い。その信仰拠点が「宝山寺」という寺なのだが、宝山寺を正面に山の麓にまで至る参道沿いには、かなりの数の観光旅館がある。
しかしこの旅館、数ある割にはどこの旅館もひっそり静まり返っている。儲かってるのか?と思うのは素人判断か。
だが改めて調べてみるとこれらの旅館の歴史を知ることができた。
「観光生駒」の電飾看板がどどーんと構える旅館だらけの地帯。
生駒聖天・宝山寺を正面に控える門前町。この一帯にある旅館群の正体は「宝山寺新地」と言われる、隠された色街。
表向きには普通の旅館の体を成している。
しかし寺に参拝する前か後か知らないがそんな場所に、不謹慎やのう。宗派の違いもあるのかも知れないが、宝山寺の宗派はどうやらそこんところは開けっぴろげのようである。
だが、昔はケーブルカーまでわざわざ敷設するほど栄えていたはずの宝山寺新地も今では潰れた旅館だらけで、末期的な空気すら漂っている。
こんな場所に不釣合いな、若い女性二人が参道の脇道から出てきた。
この違和感に気づかなければ、そのまま私も通り過ぎてしまっていただろうな。そのくらい、目立たない色街である。
だが、相当不景気なのかして、潰れてしまった旅館や、廃墟となったまま放置された民家も多い。
ところで、生駒と言えばかつてワイドショーで話題になった"謎のSEX教団"「愛の家族」の本拠地があった場所だ。
現在は解散しているようだが、生駒というのはそれだけ変な宗教が寄り集まりやすい土地なのだということか。
さらに私はここで信仰の地・霊場生駒山のディープさを思い知らされる。
宝山寺新地の外れには、なんと「断食療養所」があったのだ。
「静養院断食療養所」という、創業80年を超える老舗らしい。全国的にもこのような施設は珍しい。
個人的な話で恐縮だが、私の母親が若い時に「断食道場」に入った事があると話していた、生駒山の断食療養所に違いない。
療養中は水以外のものを全く口にしないという断食療法。何も食べない事によって、体が本来持っている生命力を高めることができると言われている。
ダイエットになるばかりか、体のあらゆる不調が治る、心身のストレス解消にもなる、ホンマかいな!飽食の時代に生まれ育った私にはとても想像が付かず真似できる自信がない。
山の中腹に、相当年季の入った木造の建物がある。どうやら創立当初からの建物が現役で使われているそうだ。断食はようできんけど、萌えるぜ!
しかし、すっかり宝山寺の界隈は寂れきっていて、人の気配すらしないのである。生駒山の反対側にあって今も賑わい続ける石切神社参道とは対照的だ。
凄まじく年季を感じさせる建物だが、既にそこには人の生活の匂いはしない。こうした廃墟が宝山寺参道には至る所にある。
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