日本の古都として歴史の中心にあったこの京都には、表の歴史もあれば裏の歴史もある。毎日多くの観光客が乗り降りする京都駅前。そこから南方向へ少し歩くと「東九条」がある。通称「トンク」。京都最大の在日コリアン集住地として知られている。
その存在を世に知らしめたのは井筒監督の映画「パッチギ!」であり、主人公である李一家が住まうバラック住宅が東九条にあったという設定なのだが、京都観光に訪れる人々も、京都市民ですら近寄らない魔境として、長らく京都駅前という場所にあるにも関わらず見捨てられたかのような街並みが未だに広がっている。
京都東九条は大阪の西成・生野区や神戸の長田区などと同じように戦前に朝鮮半島から多くの労働者が集まってきた土地で、現在も地区では町工場や建築業の存在が目立つ。戦後も高瀬川・鴨川沿いに不法に建てられたバラックが長らく残っていた。
京都と言えば古い歴史と神社仏閣、そして舞妓さんの練り歩く雅やかな街並みを想像するが、JR京都駅を境目に北と南ではまるで別世界である。そこにあるのはただ時を刻んだだけで黒ずんだ錆色の廃墟と鉛色のコンクリート。これが知られざる京都の姿だ。
東九条南河原町、鴨川近くの土地に広がる工場の廃墟は荒れ放題の姿を見せている。
隣接するバラック小屋は既に生活の臭いは失われている。かつてはもっと沢山の労働者で街が賑わっていたのかも知れない。しかし全国的に工業や建設業で成り立ってきた街というのは総じて寂れるがままの状態になっているのが常である。
この周辺の土地は見事に廃屋か廃墟工場か空き地しかない。寂れっぷりが凄まじいが、それでも京都駅からわずか徒歩10分圏内で来られる場所の光景なのである。
水がすっかり干上がっている高瀬川。干上がった川の下は住民が好き勝手に植木鉢を置いて庭状態。その向こうにもバラック建ての工場群がある。よく見ると橋の上のスペースも工場敷地として有効活用されている。
バラック住宅と高瀬川の向かいには土建屋の事務所らしき建物がある。よく見ると防犯カメラが据え付けてあるが、やはりそのテの人が多いのだろうか。昔から東九条界隈では廃品回収業か土木・建設業などの肉体労働系で生計を建てる人間が多い。
ある意味、西成にも通じるものがある。
飲食店はことごとく閉まっているが、よく見るとホルモン屋ばかりだ。
その北側に回ると古びた市営住宅とスーパーが見えてくる。まるで昭和40年代に戻ったかのような街並みだ。
表に韓国料理の看板を掲げる店があった。行った時期が年末年始なので普通に考えると店は閉まっているものだが、案外在日コリアン系の店は正月を祝ったりしないので、通常営業している店が多い。
しかし路地の奥にある店の玄関を見ると、きっちり正月休業中の張り紙が貼られていた。やはりただでさえ閑散とした場所だ。きっと店を開けても意味がないのだろう。
それにしてもこの路地裏のボロアパート群のクオリティも凄い。アパートに人が居たとしてもきっと独居生活中の労働者ばかりなのであろう。全く生活臭はせず、子供どころか人影もないという寂しい年越しを迎えているトンクの風景だ。












