長田区の超下町ゾーン「番町地区」の成り立ちは明治時代に旧湊川の河川架け替え工事で開けた土地を区画整理する際に東京千代田の番町地区にならって付けられた地名であり、一番町から七番町までの区画が広がっている。そこに住みだしたのは、長田の地場産業であるケミカルシューズ製造に従事する労働者だ。
その番町地区の北端には新湊川が掛かっている。やけにコンクリート護岸が高い川でありあまり安らげない。とはいえこんな形になってしまうのも神戸独特の地形が絡んでいる。
大雨が降ると上流の六甲山系から流れてくる大量の雨水が鉄砲水となり一気に押し寄せるからだ。神戸では鉄砲水で水遊び中の家族が流されて死ぬ事故も度々起きている。度重なる水害から身を守るための知恵である。
その新湊川の堤防に沿って歩く。すぐそばに商店街があるのに、この辺りはまるでゴーストタウンのような佇まいだ。
昔からの工場だろうか、何やら資材が無造作に置かれたままになっている箇所もある。この界隈は古い木造家屋が密集する場所で、震災時には地区の大部分の家屋が壊れたり火事で焼失してしまっている。
しかし一部には昔のままの木造家屋群が残っている箇所がある。新湊川の土手の上から見下ろすと、遠くには震災後建てられた市営住宅がそびえ、手前に平屋建ての民家が広がる。一見、独特の風景だ。
車も入れない路地に向き合う形で家屋が連なる。木製の物干し竿が各戸ごとに置かれている所が何とも言えないレトロな風情を放つ。
ただ周辺の住宅はものの見事に廃屋だらけであり異様である。これが震災で壊れたまま15年以上放置されているのか、再開発計画が頓挫して工事がストップしているのか、詳しい事情を知る事ができない。
所々虫食いのようになった土地には辛うじて残った木造家屋と、新しく建てられたであろう市営住宅。
もうすぐ建て替える予定でいるのか、古い市営住宅が廃墟となった姿を晒している。隣には「あさひゆ」という銭湯もある。
隣接する土地には地域の老人憩の家にでも使われていたのだろうか「長田ふれあいサロン」という建物もあるが、入口の窓ガラスが割られていて荒れるに任されている。かなり殺伐としたふれあいサロンだ。
地下鉄が走る大通りを跨いだ向かい側には市営番町住宅が立ち並ぶ。かなり大規模な市営団地群だ。震災復興計画で新しく建てられた団地も多いが、その反面生活感のしない殺風景さが際立つ。
大規模団地の存在は神戸の復興の象徴でもあるが、それは同時に地域住民の孤立化と孤独死という副産物を生み出した。ハコだけは立派に作ったが中身が伴っていない訳で、結果、長田区からの人口流出は未だに止まっていないのが現状である。






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