天王寺界隈は、コンクリートのサバンナだ。
年がら年中、天王寺公園の入口付近では行き場のないオッサンどもが集まり、将棋で一勝負する者もいれば、ホームレス仲間同志で談笑している者もいる。ひたすら眠りこけるオッサンも居れば、驚いた事に女性のホームレスまでいる。
天王寺界隈は、弱肉強食のサバンナだ。
大阪名物「青空カラオケ」は失われたが、この場所には際限なき自由と孤独が蔓延し続けている。
その街の上を、安全な場所から見下ろす奴らもいる。
この街での強者は、天王寺公園の中で花の水遣りなんぞをするだけで莫大なお手盛り給料がもらえて一生失業の心配もない大阪市ゆとりとみどり振興局の正規職員だったり、あべのルシアスの13階あたりで暇そうに居眠りをこいている大阪市環境局の正規職員や労組のヤミ専従職員だったりするのだ。
天王寺界隈では日々生死のドラマが繰り広げられている。おびただしいラブホテル街、一夜限りの快楽を求めババアを買うオッサン達。
その裏の「一心寺」では、行き場を失った無縁仏が誰にも知られず葬られる。
一心寺に納められた無縁仏の骨は、10年に一度「骨仏」として形作られ、納骨堂に鎮座される。全国広しといえどもホンモノの人骨を使った仏様が堂々と奉られているのはこの一心寺以外知らない。
西成のドヤ街を抱え、年間数百人が路上で死ぬという、特殊な地域。
恐らくは全国で最も無縁仏の骨が集まるだろう、この大阪ディープサウスエリアにおいて骨仏の寺として名を馳せる「一心寺」の存在は必然でもある。
天王寺区逢阪にある「一心寺」の入口に着く。門構えからして半端ないんですが(笑)
まるで大阪万博を彷彿とする屋根と、両側にそそり立つ仁王像。
両側の門は女性の裸身のレリーフ。
境内はいつも沢山の参拝者で溢れ帰り、むせぶような線香の匂いが漂っている。全国から参拝者が訪れ、この寺に納骨を行うのだ。一心寺は宗派を問わずお骨を受け入れる(そうだが一部の某三色旗教団はお断りされるとの情報もある)。
一心寺に納骨されるお骨の数は年間数万にも及ぶ。あとは、通常なら盆にしか出来ない施餓鬼供養が年中行える寺としても有名だ。
境内の中心、最も参拝客が集まり線香の煙の密度が最も高いお堂が「納骨堂」。
一心寺で骨仏が作られたのは明治時代以前からと言われていて、10年毎に15~20万体程のお骨で新しい骨仏が作られ「開眼」する。しかし戦前までのものは戦災で全て失われ、現在本殿に奉られている骨仏は7体。次回の開眼は「平成29年」とのこと。先が長げぇ...
これはお寺と全く関係のない話だが、同行した天王寺区在住某主婦からの情報によると、一心寺の裏手はゲイのハッテン場らしい。
裏に回ると、確かに路地に路上駐車して何かを待つ男衆がいる。車のナンバーがやけに遠方からだ。長崎ナンバーだったり、尾張小牧ナンバーだったり。
それで「一心寺 ハッテン場」で検索をかけてみるとこんな感じだ。
恐るべし、天王寺。
古今東西あらゆる魑魅魍魎を呼びつける魔力が潜んでいる。
日にちは変わって、2008年の盆休み。
日が暮れてから、大阪を代表する古刹、聖徳太子ゆかりの「四天王寺」を訪れた。
大阪人には当たり前のような存在で、教科書にも絶対出てくるし、有名過ぎて逆に今まで全く四天王寺を知らなかった事に気が付いた。
四天王寺でお盆のシーズンに行われる「孟蘭盆会万灯供養法要」(うらぼんえまんとうくようほうよう、と読む)は是非見るべきだという話を聞いていたので、やってきたわけだ。
境内では全国各地の陶芸や民芸品が集まる「千日市」も同時開催されている。確かにお祭りシーズンのようだが、これだけ有名な寺なのに、京都みたいに観光客でごったがえしてるわけではないのは意外だ。
孟蘭盆会万灯供養の期間中は毎晩、参拝者が各々の先祖代々の霊名を書いた蝋燭に火を灯し、境内は1万本以上とも言われる蝋燭の明かりで幻想的な光に包まれる。
五重塔のてっぺんまで、蝋燭の光に照らされる。
その場に居合わせると、言葉を失うような美しさだ。
いやぁ、ええもん見る事ができたなぁ。
境内中央に位置する「六時堂」もこの時は黄金色に輝く。
見事としか言いようがありません。大阪も捨てたもんやないやろ。












