大阪を中心とした関西一円で広く行われている伝統行事、だんじり祭り。各町が資金を出し合い、自分たちの町のシンボルであり地元の神社の祭礼でもある神聖な行事。現在は専ら「岸和田だんじり祭」が有名になってしまっているが、「だんじり祭り」という呼び名だけで見てみると岸和田及び泉州だけではなく、摂津・河内、さらに兵庫、奈良・和歌山・三重の一部、中四国にも存在する。
だんじりと聞くとイメージするのは岸和田のだんじりだが、それとは全く違うスタイルの「南河内だんじり」。
富田林市、隣接する河内長野市、南河内郡太子町・河南町・千早赤阪村、これらのエリアである。
大阪の南の果て、わざわざよそから観光目的で来る事も少ない土地で、広く知られずに続けられているだんじり祭り。
だんじりと聞くとイメージするのは岸和田のだんじりだが、それとは全く違うスタイルの「南河内だんじり」。
富田林市、隣接する河内長野市、南河内郡太子町・河南町・千早赤阪村、これらのエリアである。
大阪の南の果て、わざわざよそから観光目的で来る事も少ない土地で、広く知られずに続けられているだんじり祭り。
富田林在住の友人の案内のもと、私は恐る恐る大阪の南の果て、南河内へと足を踏み入れたのである。
南河内のシンボルタワー、PL教団の「超宗派万国戦争犠牲者慰霊大平和祈念塔」を背に夕日が煌々と輝いていた。
南河内だんじりは、曳きながら走り抜ける事はせず、「やり回し」といった豪快な技も行わない一方、だんじりの重心を高く置き、前後もしくは左右に揺らす「縦しゃくり・横しゃくり」という技を行う特徴がある。そして必ずだんじりの上にはマイクを握った青年団の一員が自慢の持ち歌(というか替え歌)を披露しながら街を練り歩くのだ。通称「カラオケだんじり」(笑)
では、南河内だんじりがどんな感じで行われているか、少しだけ見て行くとしよう。10月20日土曜日の夕方に訪れたのは、富田林駅から東へ車で少し走った所にある、河南町のだんじりである。
今堂だんじり
白木だんじり
桐山だんじり(千早赤阪村)
南別井だんじり
北別井だんじり
YouTube動画も併せて見てもらうとイメージが付きやすいと思うが、まさにカラオケだんじりと言われる所以が分かる。
私に南河内だんじりの存在を教えてくれた富田林在住の友人に誘われて、翌晩改めて富田林にやってきたのだった。
富田林市内でもまんべんなくだんじり祭りが行われているが、まず降り立ったのが喜志駅前。「近つ飛鳥」と呼ばれ、難波津と奈良の飛鳥を結ぶ歴史街道であるこの南河内の地。喜志駅からは聖徳太子廟が存在する叡福寺へ向かう太子町行きのバスが出ており、深い歴史を持つ場所だという事はよくわかるのだが、駅前ロータリーは、歴史や伝統とは何の関連性もないヤンキーや中学生の溜まり場と化していた。
そんな喜志の町だが、30分足らずの滞在時間で2つのだんじりを見る事ができた。
喜志新家だんじり
尺度だんじり
...続いて富田林駅に降りる。駅の南東側にあるのが、一般的にはPL花火大会くらいしか有名ではない富田林市の数少ない自慢である、戦国時代から残る町家「寺内町」(じないまち)。重要伝統的建造物群保存地区に指定されている由緒正しい町並みだ。
当時は町人自らが町の周囲に土塁を築き堀を整備したというあたり、大阪市内で言えば平野郷に似ている。富田林寺内町は京都興正寺別院を中心とした自治都市であった。寺内町もまた古い町並みが今でもしっかり残されており、風情を漂わせる。だが、そんな寺内町の良さを全てかき消してしまうのが富田林駅のまん前にあるパチンコ屋の存在である(笑)日本の町並みはどこもかしこも景観音痴も甚だしい。
ついでに寺内町のだんじりも登場したが...やっぱりカラオケ大会なのは同じだった。
毛人谷だんじり。毛人谷と書いて「えびたに」と読むそうである。南河内も難読地名が多い。
富田林町だんじり
ほとんどの町のだんじりは、夕方7時や8時頃には曳行を終え、それぞれの町の中心に帰っていく。
だが、この町にある「若一」「新堂」の2つのだんじりだけは例外で、まだまだ宵の内だとばかりに富田林の駅前で暴れ回るのだ。
「富田林だんじり」の本当の見せ場が、これから始まる。
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参考記事
南河内だんじり祭り
参考書籍












