なにわの海の時空館レポートの続編です。初めからお読みの方はこちらからどうぞ。
4階は「海がつなぐ世界の文化」と銘打って、大阪港と世界の港との交易の歴史をテーマにした展示物がある。最も見ごたえのあるフロアだと思う。
4階は「海がつなぐ世界の文化」と銘打って、大阪港と世界の港との交易の歴史をテーマにした展示物がある。最も見ごたえのあるフロアだと思う。
世界のフィギュアヘッド(船の頭についてるやつ)現物展示、緯度を測ったりする航海器具などの展示、海をテーマにした世界中の豪華な絵画まで飾られていたりして、そこはかとなく旅情を誘う。
300円払えば体験できるヨットシミュレーターまである。もちろんそこで遊んでいる人もいない。
しつこく言うがわざと人が居ないタイミングを見計らって写真を撮っているわけではない。
建物中央の菱垣廻船を改めて上から見下ろす。でけー。
この「浪華丸」、時空館に据え付けられる前に、たった一度だけの「処女航海」を行ったことがある。その時の模様はあの菱垣廻船の上に設置されたビデオで見ることが出来るのだが、そこで船としての人生を終えてしまった「浪華丸」に何とも言えぬ物悲しさを感じるのは私だけだろうか。
「浪華丸」復元に費やしたのはおよそ10億円と言われている。一回こっきりのパフォーマンスで10億円。それは役人の自己満足のためだけに使われた金だ。贅沢すぎる。
他にも、世界の海洋交易の歴史を知ることが出来るコーナーや、世界の四大香辛料を体験してみるコーナーもあって、よりどりみどり。
次は3階「大坂みなとの繁栄」。世界に目を向けた後に、今度は大阪(大坂)の内側から海洋交易の歴史を探っていくわけだ。江戸時代の大坂港をリアルに表現したジオラマ模型が置かれていて、大阪市のシンボルである「澪標」(みおつくし)がその両側に立つ。
江戸時代でも大阪は商業と流通の中心地だった。菱垣廻船は大阪(大坂)に集まってくる国内外からの物資を大阪港から江戸へと物資を運んでいた。
館内のビデオを鑑賞していくとわかるのだが、今の大阪ベイエリアは、江戸時代から人工島を作りまくっていた、つまり町人をかき集めて干潟をどんどん埋め立てて陸地にして開発していった。港区や此花区、大正区、西成区、住之江区あたりの地名は干拓事業を行った町人の名前が記されている所も多い。
大阪では町中に堀川を掘削したり、治水事業として川浚えを行って出てきた土を干潟の埋め立てに使ってきた。その土で出来た山が「天保山」であるという事もわかる。
そのように、昔から大阪の町は海へ海へ伸びていったいう事はよくわかったが、それと今の大阪市のおバカなベイエリア乱開発は全く意味が違う。
先人が築き上げた都市の財産を役人どもの勝手で壊し、産廃で埋め立てた無駄な人工島の上に容赦なく建てられた赤字遺産でぐるりと囲まれた、現在の大阪港の姿を見たら、大阪の発展を願い都市を築き上げた往時の開拓者たちの魂も浮かばれない。
さわったり、とったりしたらあきまへんで!って、大阪港をいらうお役人の連中に対して言いたいよね。
あ、こんなところにも顔出し看板が!












